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【記事公開!】山梨デザインカンファレンス in 富士吉田 ①

2026年01月29日

2025年11月23日、山梨県富士吉田市にて開催された「山梨デザインカンファレンス 2025 in 富士吉田」。今年7月に甲州勝沼で行われたカンファレンス以来2度目となる今回は、富士吉田市にある「Fab Cafe Fuji」を会場に、県内外から約50人がパネルディスカッションとグループワークに参加しました。1000年以上続く織物の産地である富士吉田市ではちょうどこの時期、「FUJI TEXTILE WEEK(フジテキスタイルウィーク)」が開催中。産業の歴史を守りながら地域の活性化を目指し、テキスタイルと芸術が融合する国内唯一の“布の芸術祭”として注目を集めるこのイベントとともに、デザインの可能性を探る好機となったに違いありません。
予定していた構成を急遽変更してパネルディスカッションPART2からスタートしましたが、まず、「富士吉田におけるテキスタイル産業のリアリティ」をテーマに、テキスタイルデザイナーの鈴木マサル氏、デザインディレクターの家安香氏、デザイナーの八木毅氏、そしてファシリテーターを務めたプロジェクトデザイナーの柳川雄飛氏によって、熱い意見が交わされました。ここからは、登壇者によるディスカッションの様子をダイジェストで振り返ります。
【登壇者】
鈴木 マサル 氏 テキスタイルデザイナー
(東京造形大学 教授/有限会社ウンピアット 取締役)
家安 香 氏  デザインディレクター
(Edelkoort East株式会社/TREND UNION 代表取締役)
八木 毅 氏  デザイナー
(株式会社DOSO 代表取締役[SARUYA HOSTEL]/FUJI TEXTILE WEEK 事務局長)
柳川 雄飛 氏 プロジェクトデザイナー

パネルディスカッションPART2

「富士吉田におけるテキスタイル産業のリアリティ」

柳川雄飛氏 みなさん本日はよろしくお願いします。ファシリテーターを務める私から、簡単に自己紹介させていただきます。富士吉田では2020年、コロナ禍でのワーケーションのきっかけとして『SHIGOTABI(シゴタビ)』という取り組みをスタートさせました。さまざまなクリエイター、デザイナー、アーティストと一緒に富士吉田の可能性を探りながら、それをツアー、体験型のイベントにしていくというプログラムを5年間実施してきて、現在はその集大成としてポスタータイプの Zine(ジン)や書籍にまとめる活動などをしています
鈴木マサル氏 私が初めて富士吉田へ来たのは30 年前。おそらく、富士吉田に関わっているテキスタイルデザイナーとしては最古参になるでしょうか。約20年前には、富士吉田市の織物協同組合のディレクターとして見本市への出展をプロデュースし、その後は、そこに参加した機屋さんたちと東京造形大学での産学協同を現在まで15年間、続けています。その研究から生まれた生地もありますし、産学協同がきっかけで産地に入っていった学生もいて、多くの繋がりを得ながら富士吉田にかかわってきました
▲左から鈴木マサル氏、八木毅氏
家安香氏 私が東京にオフィスを開いたばかりだった2009年のこと。山梨県庁のご担当者が直接、「ネクタイ産業の次の未来を考えたいんです」と電話をくださいました。そこから始まって17年近く経ったいまでも光栄なことに、お仕事で富士吉田を訪れていますが、それぞれの生地や、どんどん発展していく街に、学ぶことも多く、デザインというものは何だろうと考える機会をいただいています
八木毅氏 12年前に富士吉田へ移住しました。“地域を盛り上げる”という目的で始まった『みんなの貯金箱財団』(現『定住促進センター』)の立ち上げ時期にデザイナーとして呼んでいただいたのが住むことになったきっかけです。その後、県外からのお客さんが泊まる場所がないのではないか、と問題が提起された際に自分が手を挙げて、『SARUYA HOSTEL』という宿をつくり、いまも運営しています。『Fab Cafe Fuji』を立ち上げたり、文化的な話もできるようにアーティストレジデンスを整えたりして、地域に住みながら、地域に何が必要かみたいなところを感じ、それを自分の活動に生かしています。フジテキスタイルウィークも、さまざまな方に富士吉田へ来てもらうために必要なプラットフォームであり、機屋さんとデザイナー、アーティストが出会う場所として、みなさんの協力を得ながら今年で4回目の開催を迎えることができました
▲左から柳川雄飛氏、家安香氏
柳川氏 さてここからは、富士吉田におけるテキスタイル産業のリアルなところをぜひ伺いたいと思います。ものづくりの現場と生活との距離感が近い、というのは富士吉田を産地として見たときの特徴的なところですが、みなさんが最初に感じた印象や、これまでの経験から感じた富士吉田について教えてください。デザインやクリエイティブなものを受け入れる土壌、あるいは感度みたいなものっていうのは、30 年前から感じていらっしゃいましたか?
鈴木氏 基本的には非常に寂しい街でしたね。僕が初めて打ち合わせに行った機屋(はたや)さんでは、普通に家の中に通されて、普通にこたつに入って正座して、こたつの上のみかんをどかしてデザイン画を見せて……(笑)。その機屋さんもいまや立派な社屋が立っていますけれども。だから、変わったと言っても正直、5〜6 年前くらいまでとそんなに変わらない印象です。30年前の富士吉田は、デザイン的に良いものはほとんど見られず、縦糸に⿊を使ったちょっと汚れたような織物や、和柄が織り込んであるようなものが中心に売れていたんですよね。経営している方の家のリビングに、生地を持ってかれないように山積みにして隠していた、という話も聞きました。家中に生地がわーっと積まれていたのに、ある日それがきれいさっぱりなくなっている、というような状況だったようです
家安氏 いまのほうが逆に、そのお家の中にあることや、距離感の近さ、ご家族でやっていることの価値を実感できますね。富士吉田のものづくりは、スタートの段階から日常生活品ではないと感じます。生活に不可欠なものというより、その時代ごとの贅沢なものを追いかけてきたのではないでしょうか。人が美しいものを求める気持ちは消えることなく、常に新たなニーズがある限りなくならず、富士吉田のような産地は続くのだろうと思います
八木氏 僕が富士吉田に移住した時もやっぱり寂しい街の印象で、空き家も多く、夜も光が灯っていない建物ばかりでした。でも冬で霧が立ち込めていて、すごくきれいだと感じました。実際に住んでみると、夏は月あかりが眩しいくらいで、富士山もきれいに望めて。ちょっと寂しい面と富士の自然の美しさが相まった街です。 テキスタイル産業は 1,000 年前からあったと言われていますが、最大の特徴はやっぱり、その距離の近さにあるかもしれません。こたつでの打ち合わせはいまもありますし(笑)、機屋さんたちとの距離も近く感じるので、僕自身がデザイナーとして相談しやすいといつも思います。それがこの街の特徴であり、大切な魅力です
柳川氏 良いものをつくり、それを外に届ける。そしてまた迎え入れ、産地を見て体験していただく。その受け皿となる歴史や、つながりを生み出せる土壌がある、といったところでしょうか。そういった魅力を感じられる具体的な取り組みについても教えていただけますか?
鈴木氏 説明から入りますと、機屋さんの若い2代目のひとりから、私が務めている東京造形大学と産学連携プロジェクトを行いたいと相談を受けたのですが、最初は断ったんですよね。決まりきったことをやって、わかったようなものづくりで終わるような枠組みは嫌いですから。それでも彼が何度も頼んできたので、本当に真剣に取り組むのだったらやろうかということで、大学の学生と、機屋さん8社からそれぞれ8人が集まり、一対一で組んでものづくりをするスタイルで始めました。それはいまの産学協同でも踏襲しています。学生は訳わからないことを言うかもしれませんが受け入れて頑張ってくださいって言ったらしいんです、当時の私が(笑)。でもそれがプロジェクトのベースとなり、無理難題にも機屋さんが頑張ってくれる下地ができたのは、大切な動きだったのかなと思います
家安氏 その意味では、八木さんの存在も大きいですね。産地でブランドを立ち上げ、違う場所で披露してみようと考えて、富士吉田から出て行った時期もあったと思います。でも次第に、皆さんが富士吉田の良さを再認識し、来てもらうことを考えるようになり、八木さんたちが場所やきっかけをつくってくださった。宿泊できる場所があって、食事をできる店があって、という環境になったことが大きいと思います。ものづくりと街は、切り離せない関係です
八木氏 そうですね、自分では100%産業のために、とは考えてきませんでしたが、街のための産業をしっかり活かして、産業に携わっていない人たちにもプライドを取り戻すようなところを築きたいと思っています。多くの人と出会うきっかけをつくることに重きを置いていますし、遠回りであっても、皆さんの役に立っていればいいなといつも思っています
柳川氏 八木さんの取り組みは最初に宿から始まって、街全体を巻き込んでいくテキスタイルウィークへ発展していますが、テキスタイル産業っていうものを意識し始めたタイミングはあったのでしょうか?
八木氏 最初はアートを中心に考えていましたが、いろいろな人がここに来て話をしている産業の情報にも徐々にふれていきました。例えば、機屋さんでありながら作品をつくっている渡邉⻯康さんのような面白い人たちが同世代で活動していたので、僕自身もそっち側にはまっていくみたいなところがあって。ふとしたきっかけで、テキスタイルウィークをやってみようという原動力をいただき、モチベーションが高まっていったという感じです。特に外部とのコラボレーションについては、テキスタイル以外の分野との繋がりが重要だと考えるようになってきました
柳川氏 デザイナーや学生、県外の方々とコラボレーションして、地域に根づくものと掛け合わさってきたように、異なる領域との協働は未来を開く鍵になります。素材の調達や製造方法など、従来の仕組みだけでは対応できない課題もあるからこそ、ラディカルな発想で本質的な取り組みを進める必要があります。 富士吉田には、その変化を受け入れる前向きな姿勢があり、地域側にも、外部の人にも、コラボレーションのためのマインドセットが必要でしょう。 まだ見たことのない景色を生み出していくために協業し、共創するために重視していくのはどのようなポイントになりますか?
家安氏 テキスタイルじゃない人とのつながり、でしょうね。仮に、人類の服がまったく違う概念になる未来があったとして、テキスタイルに軸足がありすぎる方たちとのコラボレーションだけじゃなく、人類学、哲学、宇宙科学、もしくは医療、場合によっては機械そのものの発明が求められるかもしれません。つまり、豊かな人間とはどういうことなんだろうってことを、一緒につくり出すコラボレーションであってほしいですね。産地の皆さんはこれまでの時代も柔軟に、着物の裏地から座布団、ネクタイ、服地と織り続けてきたのは、核があるということですから
鈴木氏 手法として、さまざまな方法があっていいと思いますが、私としては熱量もって接していけば必ずわかってくれると思っています。この現代で機屋さんの皆さんは本当に立派ですけれど、20年前に私がディレクターとして入った時は、正直言うと、そこまで立派じゃなかった。当時は OEM供給がほとんどで、依頼されたものを確実につくることは⻑けてはいるが、高度な技術を持っていてもそれ以外のところは決定的に欠けていました。そこで、外部に侵されることのない、自分たちのものをつくるということが大事なんだよということを、ことあるごとに言ってきたわけです。自分たちのブランドをつくったり、ブランドまでいかなくとも試作をして自ら提案していく力をつけたり……。そういう少しずつの積み重ねがあり、求められたままのものをつくる比率が変わってきたのではないでしょうか。そのためにもやはり、熱量を持って向き合うことで、接しているほうにその熱量が返ってくるようになったら、うまくいくんじゃないかなという風に思っています」
八木氏 ここで3年間、『共同プロジェクト』をやっているんですけど、この会場の左壁にあるタペストリーは、フランスのテキスタイルデザイナー、ジュリエット・ベルトノーさんが武藤さんとコラボレーションしています。カフェの外装には、森山あかねさんと舟久保織物さんがコラボレーションしたカーテンがあり、奥の部屋では台湾のアーティスト、シン・チュー・シンさんと渡邊テキスタイルのコラボレーション作品を展示しています。こういったコラボレーションこそ大事な要素で、機屋さんにとっても技術の進歩につながっていったりするんじゃないかなと。舟久保さんがカーテンをつくるときに苦心しながらも、結果的に素晴らしい仕上がりになっています。さきほどマサル先生が“熱量”とおっしゃったように、まさに舟久保さんの情熱があったからこそ、見事な完成度へたどり着いたのだと感じています。お互いが情熱を持ってぶつかり合ったときに、技術革新や、新しい発想にまでたどり着く。それがこのプロジェクトで実現された、証明できた、というのは自分の中でもすごいことです。テキスタイルウィークでは、機屋さん同士のコラボレーションも実現しているのですが、いままで想像していなかったことも、あり得るんだってわかりました。今後は例えば、農業をする人とアーティスト、シェフと機屋さん、のように、他業種が布を中心にコラボレーションして何かつくっていく可能性があり得るなと思うと、ワクワクします。そうした雰囲気がテキスタイルウィークを機に醸成されていけば、街としてもすごく楽しい場になると思っています。どんどんコラボレーションしてほしいですね。 『共同プロジェクト』が山梨県と富士吉田市の補助を受けているように、行政などのサポートも受けながら、僕も仲介役となっていきたいです
柳川氏 最初の事例としてはすでに、産地の中に少しずつ景色としてできていて、それをどんどん促進していこうというのがこれからのフェーズということですね。 その次に行くための何かドライバーってあるんでしょうか?
八木氏 なんでしょうね……。ワクワクすることでしょうか。自分の中では、今回のコラボレーションはすごいことが起きたぞって感じているのですが、もっと自然に手や足が前へ出るといいですよね。機屋さん同士で、うまく議論されてくることもあるでしょうし、自分自身でも宿泊事業者同士で一緒に考えてみるとか。違う産業や業種でも、何か新しいことが起きるんじゃないかって期待するワクワク感は大事かな
柳川氏 そして、次のフェーズに進むためには、議論やアイデアを出し合う場が必要だし、そこに外部の人が入ることも重要ですね。地域の人だけでは視野が狭くなるので、外部の視点を取り入れることで新しい発想が生まれるのだと思います
柳川氏 地域の中で、循環していく経済もそうですし、テキスタイルというものそのものの価値が循環していく、エコシステムのようなものを地域の中で形成していくのか、どう構築していくかというところについて伺いたいと思います。どのあたりが課題になりそうでしょうか?
八木氏 八木さんが話していた舟久保織物さんの作品にしても、武藤さんのコラボレーションにしても、昔だったらまったく考えられない状況ですね。考えられないものができあがって、本当にすごい。だから、機屋さんはこのままドライブしていくんじゃないでしょうか。火がついていると言うよりも、何が来てもなんとかしてくれる。受け止められる力がすごくあるんじゃないかと思っています。すごくリアルな話になりますが、その勢いを下支えするところがいまは脆弱で、どうにもできないような要素になってしまっています。どうにか行政が介入して、整備していただきたいところはちょっと期待したいところです。“織る”そのものは全然、問題ないですけども、それを仕上げるとか、織る前の段階とか、そういった下支えの人たちが廃業してしまうのは、やっぱり不安です。産地の中ですべてがカチっと整うことがやはり理想なので、公的な援助に期待できればありがたいですね
家安氏 確かに、良い物ができるようになっているけれども、根本的なところでポキッと折れてしまいそうなやわらかさもある気がします。だからこそ、人とお金の流れは大切かもしれません。例えば、生地と関わるには、お金を払って買う、その場所に行って経験する、などが考えられますが、テキスタイルウィークにはアートというキーワードもあって、そこが気になるから行くという引っかかり方ができるわけです。そこでどうやって人が関わりたくなるか、どうやって人がお金を出したくなるか、お金を出すことで幸せになるのか、そのお金は街の維持に使われるのか、もしくは街の新しいシステムのセットアップに充てるのか……。産地自体がシステムを構築できるかというところに、私はすごく興味があります。テキスタイルはあくまでも物体のひとつでしかなく、でもテキスタイルにまつわる感覚や執着心、それこそ膨大な量の仕事を緻密にこなされている方の情熱がある。それをいかにテキスタイルとは無縁だった人たちに伝えるか。今回のテキスタイルウィークには『折り目に流れるものを探る』というテーマがあるのだけれど、目に見えない隙間に何を埋め込むか、それがすごく大切ですよね
柳川氏 このテキスタイルウィークですごく良いと思ったのが、それぞれのアートの展示会場に街の方々がいてくださることです。いま家安さんがおっしゃっていたように、普段クリエイティブに触れている方ではないかもしれないですけど、作品についてのフォローもしてくださる方々が、体感したものを人に伝えていく、それ自体がとても貴重で大切なプロセスだと感じました。テキスタイルウィーク側でも、意識しているポイントはあるのでしょうか?
八木氏 はい、前回も同じように、地域の方にそれぞれの会場で監視員や案内役として立っていただきました。地域に住んでいる方々には昔の思い出…… 例えば、子どもの頃は機屋の音がたくさん聞こえていた、というような話を聞くこともできる機会にもなっています。でもその時ちょうど小学生たちが目の前を通ったのですが、その子たちは過去の街の風景とは違うものを見ているわけですよね。だからこそ、言葉で伝える大切さを実感しました。テキスタイルウィークとしては、そういった側面も掘り下げていきたいと考えています
柳川氏 過去の文脈というのも非常に大切に受け継がれていくというか、語り継がれていくような、物自体も作品として展示されていると思いますし、それをこう受け継いでいく中で新しくクリエイターが入って、新しいものをコラボレーションしていく。それがまた地域の新たな価値として根付いていくというサイクルが、未来へのステップアップのようで、とても重要になりそうです
柳川氏 テキスタイルという、地域の産業に対しての地域の方々自身が介入していく機会であるとか、そのプロセスの体験が意味をもつようになりますが、昔の記憶が現代の暮らしにまで受け継がれることや、デザインとして発展していったり、実際に関わっていくことができたり、という活動に結びつくことが大切だと感じます。教育、にも近いですね?
鈴木氏 富士吉田では『ハタオリ学』という本をつくり、機屋さんたちが代わる代わる、小学校へそれを持ってレクチャーしに行くという話を聞き、すごいことだと感心しました。教育から環境が整うというか、テキスタイルウィークのような機会にも、例えばミラノのデザインウィークでよく見られる光景のように、小学生や幼稚園生くらいの小さな子どもたちが、学校単位で見て回っているようなこともできそうですよね。アートっていう摩訶不思議で良くわからないものを教えるとか、テキスタイルの産業に触れるとか、そういう実践がより若い世代に浸透していくことが、この先とても重要になります。ぜひ検討してもらいたいですね
八木氏 ほんとに、マサル先生がおっしゃったような体験は大切だと思います。以前は、光織物さんとの子供展や、小学校の布について絵を描いてみよう、といった取り組みがありました。企画の段階から、アーティストやデザイナーと一緒に、そういった機会を考えられれば、もっと充実するものができる可能性は確信しています。教育については特に、クリエイターと関わる仕組みが欲しい。それをどうやって実行するか、事務局にはまだ答えがないので、ぜひ皆さんのお力を借りたいです
家安氏 教育が軸にあると、お互い学びあえる、発見し合えるので、ぜひ実現していただきたいです。特に、ものづくりの現場を見て、会話していいんだっていう雰囲気が大切ですよね。住んでいる街でつくっているものに、子どもでも何か話をしていく環境やきっかけがあれば、どんどんそこに介入してほしい。テキスタイルウィークでやっていただけると楽しいですよね
柳川氏 実際にテキスタイルウィークでは、富士吉田に暮らす方々がアートの管理や案内係を務めていらっしゃるように、日常的に産業やアートについて会話する状態をどうつくっていくかということですね
八木氏 そうですね、そのためにはコミュニティデザイン、関係性のデザインみたいなものが必要だと実感しています。我々が持ち得ていない力でもあるので、今日ここにいらっしゃる皆さんとも一緒に、挑戦していきたいなと思っています
柳川氏 そろそろ終わりの時間になるのですが最後に、富士吉田のこれからのテキスタイル産業の可能性、未来像について、どんな絵が描けるといいのか、どのような光景を思い描けるのか、それぞれの視点から感じているところを伺えますか
八木氏 今回のテキスタイルウィークは、富士技術支援センターの協力を得て実現できたプロジェクトがたくさんあり、とんでもないことが起きたと思っています。この感動をより多くの人に伝えられればより良い街になっていくし、より良い未来のある産業になるんじゃないかなと思っています。僕自身がそういう希望をもらえたと実感しています
鈴木氏 結局、楽しくないと続かないと思います。いいものができたとか、欲しいものができたとか、つくり手の楽しさみたいなものがないと。あとはそれをマネタイズする手法を確立しないと、やっぱり続かないわけですが、お金から入るとおかしなことにもなるので、いいものを作るところから入ってほしいですね。もし自分で考えつかなくても、いろいろな人が出入りしている街ですので、展開するためのネタはあるはずです。リアリティと日常とのバランスが取れるようになることを願っています
家安氏 ここで一緒に働きたい人がいること、そして最初にお話した、こたつのある風景。このふたつが肝になっていると思うんですよ。人と出会い、つくる場所が暮らしのすぐ隣にあって、家族がいて、教育があって。それが未来の幸せな暮らしのロールモデルではないでしょうか。金銭価値もどんどん変わる中で、そういった新しい豊かさのロールモデルを発信していく。クリエイター側にとっても変わっていく余地があることを示し続けていく。そういう感じが、富士吉田の未来像かなと思います
柳川氏 関わりしろ、伸びしろ、がまだまだあるということですね。テキスタイル産業ついて、さまざまなリアリティのあるお話をしていただきました。この後のワークショップでも、皆さんの意見をお互いにフィードバックし合いながら、これからの産地の可能性を一緒に考える場になればと思っています。ありがとうございました

登壇者の幅広い経験をもつ登壇者の意見や指定は、富士吉田での経験にもとづく現実的な課題をさらに浮き彫りにしたのではないでしょうか。教育と学びの必要性や、地域との連携にかかわる新しい可能性についても、具体的な事例がいくつも紹介されました。続いて、本来は最初におこなわれる予定だったパネルディスカッションPart1へと移ります。

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